AF-2 物語
菊池康基
元遺伝研、元武田薬品工業株式会社
(2019年5月 寄稿)
1.緒言
学会設立当初(1973年頃)に大きな問題として取り上げられた食品添加物であるAF-2 [furylfuramide, (Z)-2-(2-furyl)-3-(5-nitro-2-furyl)prop-2-enamide]に関して振り返ることとする。
当時、汎用されていた多くの食品添加物の安全性に疑念が生じ、大きな社会問題となっていた。最も頻用されていた食品添加物の一つであったAF-2についても、安全性見直しの一環として実施された染色体異常試験で陽性結果が出たことから、学会の一大トピックとして取り上げられ、様々な試験が実施された。その結果、AF-2が環境変異原研究の発展や評価体系の構築に、大きく寄与したと考えられることから、日本の環境変異原研究の歴史を振り返るうえで極めて重要な出来事と言えよう。
2.発端
1973年9月、JEMS の第2回研究発表会が三島の遺伝研で開催された。プログラムを見てびっくり。演題数は全部で17題だったが、後半の7題がAF-2関連で占められていたのである。特定の化合物にこれだけ集中するのは珍しかった。昼食休憩のときの挨拶で、賀田恒夫先生が「今日の弁当をどうするか大いに迷った。通常の幕の内弁当には、おそらくAF-2が使用されている。本日、これだけ多くの発表でAF-2の陽性結果が報告されているのに、AF-2の入った食事を提供する訳にはいかない。そこで、握り寿司弁当にしたので御了解願いたい」との主旨であった。
この時のAF-2関係の発表をまとめてみると、陽性結果は、(1)枯草菌レックアッセイ(rec assay)、(2)大腸菌WP2hcr-株の変異誘発性試験、(3)培養細胞での染色体異常試験等で報告された。一方、サルモネラ菌のAmes株での復帰変異試験では陰性であった。また、カイコの試験では明瞭な陽性結果はなかった。なお、第3回JEMSでは発表23題中11題がAF-2関連の発表であった。
3.AF-2とは
AF-2 [furylfuramide, (Z)-2-(2-furyl)-3-(5-nitro-2-furyl)prop-2-enamide] とは、1960年代より食品保存料として使用されていた食品添加物である(製造販売:上野製薬)。わが国では戦後間もない頃より、ニトロフラン系保存料の食品への使用が許可されていたが、1965年にAF-2はより安全性が高く効果も高い保存料として厚生省によって指定された。保存剤としての用途は広く、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、食肉ハム、食肉ソーセージ、ベーコン、蒲鉾、ちくわ等の魚肉練製品、豆腐、和菓子のあん等に使用が認められていた。この頃のAF-2を取り巻く社会情勢について簡単に触れておく。当時は各種食品添加物の安全性について疑問点が指摘され始めた頃であり、AF-2についても保存剤としての使用が広範囲にわたることから、安全性についての議論が社会問題化しつつあった。当時、厚生省の食品調査会が、WHO/FAOの勧告に従って食品添加物の安全性試験について見直しているところであった。AF-2はこの勧告に従って、安全性試験が実施された最初の食品添加物であり、1865年7月5日に指定された。その後、AF-2の指定以前に認可されていた食品添加物についても見直され、食用タール色素類やチクロ等の甘味料が指定削除となった。こうして、食品添加物に対する消費者運動が高まり、マスコミによる批判的な報道も増加した。1971年5月には民放テレビ番組で、AF-2の作用により金魚に影響が出たかのような映像が放映され、世論が盛り上がる中、国会でも取り上げられた。なお、AF-2についてさらに詳しくお知りになりたい方は、「二十世紀食品添加物」(社団法人日本食品衛生協会、2010)1)を参照されたい。
4.AF-2の遺伝毒性試験に与えたインパクト
1971年、東京医科歯科大の外村晶教授と佐々木正夫助教授は、AF-2が培養ヒトリンパ球に染色体切断や転座を誘発することを最初に発見した。外村教授は、食品添加物の染色体異常誘発性についてのスクリーニング試験を開始したところであった。その頃、外村研究室を訪問した時に、「君も変異原研究を始めたのだから、面白いものを見せてあげよう」と言われて、AF-2で処理したヒトリンパ球の標本を顕微鏡で見せていただき、「食品添加物でこんなに染色体異常が起こるなんて」と驚いた記憶がある。外村教授はAF-2の実験結果を、田島研究班で報告され、班員の先生方や研究機関によるAF-2の追認試験が開始された。その結果が第2,3回JEMSでの集中発表となったわけである。その間の経緯は田島先生の著書に書かれている2)。その後も数年間、JEMSではAF-2に関する発表は多かった。1975年第4回JEMSの公開シンポジウム「環境変異原と人類の健康」の中で近藤宗平先生が「AF-2物語」と題して、これまでの研究結果を総括された。AF-2の遺伝毒性に関する代表的な論文としては、遺伝学雑誌に掲載された外村ら、近藤ら及び賀田らの3論文が挙げられる3-5)。
AF-2の遺伝毒性試験にまつわるエピソードを以下に紹介する。
・Prof. Ames がAmes test用に最初に開発したサルモネラ菌TA1535、TA1537、TA1538では、AF-2は陰性となった。これにショックを受けたProf. Amesは、より高感度の新菌株 TA98, TA100 を開発し、AF-2の検出が可能となった。
・AF-2は遺伝毒性試験に強烈なインパクトをもたらした。医薬品等の毒性評価の一つとして、未確立の変異原性試験が、これを機に一気に広まったことは事実である。JEMSにとっても、設立後、日も浅く会員数も伸び悩んでいた時でもあり、AF-2の存在が学会活動を後押しするエネルギーにもなった。また、Ames株の改良に代表されるように、試験系の開発・改良・普及も積極的にされるようになった。
・外村晶教授、近藤宗平教授(阪大)、賀田恒夫部長(遺伝研)は、いずれも一流の研究者であり、純粋に学問的観点からAF-2を研究されていた。そのことは、当時先生方と親しくお話をする度に痛感した。AF-2を禁止すべきかどうかについては、様々な意見があり、激論が交わされたこともしばしばであった。
・AF-2にとって不幸だったことは、すでに述べたように、化学物質による突然変異誘発性に関する組織的研究が開始された直後に変異原性が検出されたことであった。上記の先生方も含め、研究者の変異原性試験の経験も浅く、データの蓄積も十分でなかった。そのため、陽性・陰性結果の評価、in vivoとin vitro系の違いに関する認識も低かった。毒性分野での新参者の変異原性試験の存在意義を、意識的にあるいは無意識的にでも強調するあまり、陽性結果だけが独り歩きする結果となったことは否めない。
・AF-2は、他の毒性試験ではさしたる問題は見当たらず、安全な添加物とされていた。しかし、すでに述べたような社会情勢の下でも、変異原性試験の陽性結果だけでは発売認可取消し処分ができないために、大量投与のがん原性試験が行われたのであろう。国立衛生試験所のOchiaiらは、マウスを用いたがん原性試験の結果、がんを作ることに成功した6)。その投与量は当時としては極めて高い用量であり、この結果を受け、AF-2は食品添加物の認可は取り消された。この発がん性試験については、科学的根拠よりも行政的な目的をもった用量設定であり、political experiment の典型と、感じた人も多かったようである。
・自分自身のことを振り返ってみると、変異原性試験に着手して間もなく、化合物でのin vitro positive について疑問を持つようになったが、その意味を深く考えだしたのはAF-2の各種変異原性試験における成績を数多く知るようになってからであった。
5.AF-2の遺伝毒性とがん原性についての新たな見直し
これまでの多くの研究によって、AF-2の遺伝毒性は、in vitro では明らかであるが、in vivo では認められていない。
2009年に国衛研を中心とした、食品添加物等における遺伝毒性発がん物質の評価法に関する研究が行われた。その中で、AF-2についてもAmes試験、トランスジェニック(Tg)マウスを用いたTg遺伝子突然変異試験と小核試験が実施された。Tgマウスの、肝臓、前胃、大腸、脾臓での突然変異誘発性を解析した結果、いずれの臓器でも変異誘発性は認められなかった、特に、前胃はAF-2のがん標的臓器であることから、この陰性結果は胃での発がん原因が遺伝毒性によるものでないことを示唆した。また、小核誘発性についても陰性であった(鈴木ら,2003)7)。
この研究でAF-2の試験を担当した本間は、Ochiai らのマウス発がん性試験6)のデータを用いて、AF-2の発がん性のリスク評価を試みている8)。1973年当時のAF-2の生産量の全てが食品に利用されたとして、食品中の残存量、当時の人口、等々の係数を考慮すると、平均一日摂取量は0.0057 mg/day (0.00011 mg/kg/day)と計算された。このことから、その当時のAF-2のリスクはそれほど高いものではなかった、と述べている。
なお、AF-2は、国際がん研究機関(IARC)の発がん性分類では、グループ2B(ヒトに対する発がん性が疑われる)に分類されている。
AF-2の遺伝毒性とがん原性が問題となって45年が経過した。JEMS としてもそろそろこの問題に決着をつける時期を迎えているのではなかろうか。
6.AF-2に関するまとめ
1970年代以降の日本の変異原研究、遺伝毒性試験の発展を語る時、AF-2抜きでは語れない。
1)誕生まもない日本環境変異原学会の基礎固めに貢献した。
2)Ames test 用菌株改良の直接要因となった。
3)各種遺伝毒性試験法の開発・改良・発展へ直接的あるいは間接的に寄与した。
4)食品添加物、医薬品等のガイドラインの整備を促した。
5)遺伝毒性試験データの評価の見直し(現在に続く課題も含め)を促した。
〇 In vitro 陽性の意味するもの、特に in vitro 染色体異常試験陽性とは?
〇 遺伝毒性試験とがん原性試験との関係の見直し
〇 Somatic mutation と Germinal (heritable) mutation
〇 Risk (hazard) identification, risk evaluation, risk management等
文献
1) 社団法人日本食品衛生協会, 2010. 二十世紀食品添加物.
2) 田島彌太郎,1981.「環境は遺伝にどう影響するか」ダイヤモンド社.
3) Tonomura, A, et al., 1973. Japan. J. Genet., 48, 291.
4) Kondo, S. et al., 1973. Japan. J. Genet., 48, 295.
5) Kada. T. et al., 1973. Japan. J. Genet., 48, 301.
6) Ochiai, T. et al., 1982. Bul. National Inst. Hygenic Sci., 100, 80.
7) 鈴木ら,2003. 環境変異原研究 25, 119-125.
8) 本間正充, 2018. Foods & Food Ingredients, J. Jpn., 223, 8.