試験技術に関する問題点
(Technical Problems)
ここでは、最も広く採用されている変異原性試験のうち、特に下記の試験法を例に挙げ、一般に質問の多い問題点をとりあげる。
○細菌を用いる復帰突然変異試験(Ames test)
○培養細胞を用いる染色体異常試験(Chromosome aberration test in vitro)
○げっ歯類を用いる小核試験(Micronucleus test in rodents)
輸入あるいは輸出品の申請に当たっては、OECD の各種試験法ガイドラインを満足するデータが要求される。我が国で開発、申請する製品あるいは材料について海外の試験機関に試験を依頼した場合には、我が国の試験法ガイドラインに基づく試験が要求される。OECD試験法と我が国における試験法では、その基本概念は一致しているが、技術面の詳細な点に多少の違いが見られる。
細菌を用いる復帰突然変異試験 (Ames test)
I 試験施設 (Facility) 1 可能ならば、前室を設け、そこで白衣、上履きを交換する。(A room for changing clothes) 2 室内の空調はやや陰圧とすることが望ましい。(Negative air condition) 3 流し台は置かない。(ドレーンからの感染の危険性がある。) (No drain) 4 本試験の使用濃度は、予備試験の結果から選択される。改めてプロトコールを変更する必要はない。(At least 6 effective doses should be used. ) 5 アガー伸展用の実験台は頑丈で、表面が水平な固定台を選ぶ。(A flat table)
II 被験物質の調製・処理 (Preparation of the test substance) 1 被験物質は陽性対照物質と同様に取り扱う。(The test substance should be handled as a positive control.) 2 被験物質の物理化学的特性の情報は出来る限り詳細に入手しておく。(Physico-chemical natures of the test substance) 3 被験物質の溶媒はプロトコール内に明記する。(Solvent should be noted in the protocol.) 4 被験物質の変性を防ぐため、黄色ランプに切換えるえられるようにする。 (Yellow lamps) 5 用時調製を原則とするため調製溶液の濃度分析は要求されてはいない。 (動物実験の場合のように溶液を保存する必要がある場合は別)但し、溶媒に対する安定性は確認する。 (The test substance solution should be prepared just before testing.) 6 被験物質が揮発性あるいはガス状の場合は、各濃度単位で密封状態を保持出来る状態で試験を実施する。
(Gases or evaporative substance should be tested using appropriate equipment)
III 試験菌の前培養 (Pre-culturing of the test strain ) 1 プログラム付きインキュベータを使用すると便利である。(A programming incubator can be used.) 2 菌数の測定は培養後の濁度で測定、調製する。(the cell count is measured from cell density.) 3 実験室における背景データを蓄積しておく。(Historical data should be accumulated at the laboratory.)
IV プレインキュベーション法 (Pre-incubation method) 1 化合物の種類によっては、プレート法よりもプレインキュベーション法の方が感受性が高い場合(ニトロソ化合物など)がある。我が国では、後者の方法を推奨してる。(Pre-incubation method may be recommended.) 2 特に、英国あるいは欧州では、プレート法を用いる場合(費用がより安価である)が多い。また最初の試験をプレート法で行い、陰性の場合、二度目の試験をプレインキュベ−ション法で行う手法は、一見合理的のように思われるが、同じ方法で再現性を見るという我が国のガイドラインを満足しないことになるので、注意を要する。 (Reproducibility of the result)
V ソフトアガーの重層 (Spreading cells on the soft agar) 1 必ず平衡を保った実験台上で操作する。(Spreading on a flat table)
2 プレートは固まるまで重ねない。重ねる場合は、3枚のプレートの中心に重ねるとよい。(Piling up carefully) 3 適切なプレートラックを用い、そのまま恒温器に納めるとよい。(Using an appropriate basket)
VI コロニー数の記録 (Colony counting) 1 自動コロニーカウンターを用いる場合は、プレート毎に得られた数値を生データとして保存する。 (Law data) 2 生育阻害を示す濃度(実体顕微鏡)の有無を明記する。(Cell inhibition) 3 被験物質の結晶の析出(肉眼で可)の有無を明記する。(Precipitation)
VII 報告書の作成 (Report preparation) 1 追加試験を実施した場合には、前のデータの後に別表として添付する。実験条件の異なるデータを同一の表に合成表示しない。(Data from each test should be noted in separate tables) 2 被験物質の濃度は、本文、表、図ともに、同じ単位で記載する。(Dose unit should be uniformed.) 3 図は縦長(あるいは正方形)が好ましい。また、縦軸、横軸のスケールを統一する。
(観測値と濃度との対応を明確にする。)(Scales in tables should be uniformed.)
培養細胞を用いる染色体異常試験
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I 試験施設 (Facility) 1 新鮮な空気を供給出来るようなクリーンルームが望ましい。(A clean-room with an air-condition) 2 前室を設け、そこで、白衣、上履きを交換する。 (A room for changing clothes) 3 室内の空調はやや陽圧とすることが望ましい。 (Positive air condition) 4 培養室内に流しを置かない。(ドレーンからの感染の危険性を避けるため) (No drain) 5 被験物質の処理領域では、黄色ランプに切りかえられるようにする。 (Yellow lamps)
6 クリーンベンチ内では、培養容器の真上から操作しないように器具類を配置する。また消毒剤の影響に注意する。(Keeping in a steriiized condition)
II 使用細胞 (The cell line to be used)
1 凍結保存から起こした細胞は、その特性(形態、染色体モード数、倍化時間など)をチェック、記録する。(Cytological characteristics of the cell line used) 2 増殖の安定した細胞を用いる。継代約20代以上の細胞は用いない方がよい。(大小の細胞が混在し、小核が出現しているような細胞は用いない)(Cells less than 20 passages) 3 マイコプラズマの汚染の有無は、細胞入手時に情報を得ておく。(必要に応じて検査機関に委託することも出来る。)
(Checking any infection by mycoplasma,etc.)4 我が国では、チャイニーズハムスターの肺から分離された線維芽細胞株CHL/IU細胞が多く使用されている。(石館基: 生体の科学、43(5), 446-447, 1992, 医学書院。
CHLと呼ばれる細胞も別にあるのでCHL/IU (Ishidate & Utakojiの略)とフルネームで記載する。
III 被験物質の調製・処理 (Preparation of the test substance) 1 原則としてエームス試験の場合に準拠する。(As same conditions as in the Ames test) 2 特別な溶媒を用いた場合には、その理由を明記し、試験には、無処理対照群を別に設ける。 3 短時間処理で代謝活性化を併用しない場合、陽性対照として、直接効果を示す既知染色体異常誘発性物質を用いる。
(例えば、MMCなど) (Untreated and solvent controls)4 被験物質の析出状態を観察し、明記する。懸濁の場合は、可能な限り粒子を細かくする(例えば、無菌メノウ鉢を使用)。被験物質が細胞上に均一に分布するように工夫する。(Uniform suspension should be prepared, if precipitated.) 5 析出が認められ、細胞毒性が認められない場合には、少なくとも析出が認められる2用量を含む濃度を最高とする。処理時に析出が認められても、培養過程あるいはS9mixの添加によって消失する場合もある)(Phagocytotic activity of cells may be considered.) 6 特殊な場合を除き、被験物質処理時に培養液を交換する必要はない。 7 化学物質の種類(モノマーなど)では、プラスチック容器が侵食される場合もある。このような場合には、ガラス製容器を用いる。 (Glass plates should be used for a particular substance.) 8 揮発性あるいはガス状の被験物質の試験は、閉鎖系で、しかも濃度別に処理出来るように工夫する。(An appropriate equipment should be used for evaporating substances.)
IV 染色体標本の作製 (Slide preparation) 1 トリプシン処理は3分以内(37℃)に留める。軽くピペッティングにより細胞を剥離し大部分の細胞が遊離状態になっていることを倒立位相差顕微鏡下で確認する。回収した元の培養液に戻し、トリプシンの作用を止める。(A short treatment by tripsin solution) 2 低張処理後の細胞の半固定は、細胞浮遊液5mlに対して固定液1〜2ml位の割合で徐々に攪拌しながら加えるとよい結果が得られる場合がある。(A hypotonic treatment) 3 最終の固定細胞浮遊液の密度は、肉眼でかすかに濁った程度に適宜調製する。(スライド上で適当な細胞密度を得ることが重要)(Adjustment of a cell suspension) 4 ギムザ染色は濃過ぎても、薄過ぎてもよくない。(濃過ぎた場合は、希薄酢酸水で軽く洗うとよい。)(Giemsa staining) 5 染色体が広がり過ぎないよう、また、染色分体の割れ目が観察出来るよう、伸展技術および染色法技術を習得する。 (Well-spread metaphases) 6 標本は必ずしもカバーグラスで封入する必要はないが、保存用としてプレート毎1、2枚は封入しておく。(Cover slips for storing slides)。
V 標本の観察 (Observation under the microscope) 1 60倍のノーカバーレンズを使用すると便利である。(No-cover lens of 60x can be used) 2 異常の記録は、細胞単位(異常細胞の数)であり、染色体単位ではない.1個の細胞中にどんな異常が何個あるかを記録する必要はない。但し、異常の種類を分類する。生データを記録するためのプログラムを作成しておく。 (Numbers of aberrant cells should be recorded.) 3 ギャップの判定は国際基準に準ずる。ギャップのみを持つ細胞は別に記録する。 最終判定はギャップのみを有する細胞を除いた総数で評価する。適応した基準を明記する。(Aberrants with only gaps are separately recorded.) 4 倍数体はプレートあたり、別に、200個程度の中期細胞のみを観察した方がよい。(核内倍化細胞も倍数体の中に含める。) (Numbers of polyploid cells are separately counted.) 5 観察者はスライドを盲検法で観察する。観察者が陽性対照の効果が分からないようにするため、その濃度を予め調製しておく(20〜40%程度の陽性率が適当である。)(Blind observation is resquested.)
6 染色体が拡散していたり、長細く絡まっているもの、凝縮している細胞は観察対象から除外する。(The cells with very scattered or piled up of chromosomes should be omitted..) 7 染色体数が2本以上(±)変化しているか、あるいは、染色分体の割れ目が明瞭でないような中期像は対象から除外する。細胞の染色体数は記録する必要はない。(the exact number of chromosomes is not required.) 8 細胞毒性のため、2枚のプレートで、200個の中期像を観察し得ないと場合は対象外(Tox)とする。200個を観察出来る用量以下の少なくとも3用量のデータが必要である。(予備試験験の際 に染色体標本を作製して見る場合もある。)(At least 200 metaphases should be observed for each concentration, except for positive controls.)
VI 細胞毒性試験 (予備試験) (Cytotoxicity test) 1 濃度設定試験(予備試験)として、事前に行われているが、新しいガイドラインでは、染色体異常を観察した時点での細胞毒性データも記載するよう指導されている。細胞毒性のために非特異的染色体異常(疑陽性)が出現する可能性もあるためである。) (Cytotoxicity test should be done first to find appropriate concentrations to be used for the chromosome test) 2 細胞毒性の判定は、同系列のプレートから、浮遊細胞液を作製し、血球計算盤で生存細胞のみを計測する方法が最も正確であるが、プレートのまま細胞密度を測定できるような装置(モノセレータなど)を用いてもよい。(後者の場合は、沈澱物あるいは死細胞が付着している場合もあるので、顕微鏡下で細胞の生死を確認しておく。) 分裂指数(MI)は必ずしも細胞毒性を反映しな い。(Cell proliferation rather than the mitotic index)
VII 試験結果の判定 (Evaluation on the results) 1 最初の短時間処理試験の結果が明らかに陽性であった場合には、長時間処理(連続処理)による試験を省略することが出来る。但し、判定が不明の場合、あるいは最終的に用量依存性が見られないような場合には、試験条件を変えて、再現性を確認する。(the continiouse treatment is not required, when clearly positive results were obtained in the short-term tests.) 2 異常細胞(Aberrant cells)の出現率が、陰性対照に比べて明らかに増加し、用量依存性あるいは再現性があった場合に陽性と判定する。統計学的解析のみで判定はしない。(Reproducibility and dose-response effects) 3 陽性となった場合は、その、活性値(強さ: D20値あるいは最小の影響度)を算出しておくとよい。 (同じ陽性でも、その強さには、物質によってかなりの開きがある。) (Quantitative rather than qulitative evaluation is required for positive results.) 4 既知発がん性物質には、活性値の高いもの(D20 値の低いもの)が多く、また、異常の種類で切断型異常のみならず、交換型の異常を多く誘発する(TR値が高い)傾向にある。(Dominant types of the aberrations (breaks or exchanges) should be noted.) 5 構造異常の種類をを大別すると、切断型(ギャップを含む)および交換型に分かれる。化合物によっては、構造異常に加えて、倍数体を多く誘発するものがある(倍数体のみの場合もあり)。培養細胞を用いる染色体異常試験は、主に構造異常の誘発性に重点が置かれている。倍数体(異数体を含む)を誘発する原因にはいろいろ考えられているが、多くは細胞の分裂阻害であり、おそらく蛋白成分である紡錘体の機能を阻害するものと考えられている。発がん性よりも、奇形あるいは遺伝学的影響に関係する可能性があるが、なお不明な点が多い。(倍数体を誘発する化合物を参照) 6 我が国の試験法ガイドラインでは、異常細胞の出現率が5%未満の場合には陰性(-)、5%以上10%未満の場合は疑陽性(±)、10%以上を陽性(±)と判定している。この基準は統計学的な根拠によるものではなく、従来の実験結果から得られた経験的な定性的判定によるものである。(±)の場合に試験を繰り返すう指導されているが、最終的にも(±)に終わる場合もある。生物現象は(+)と決め付けられない中間の結果があっても不思議ではない。このような場合は、報告書の判定備考欄に、(+)でも(±)に近い内容であることを明記すべきである。(The judgment for the results should be standarized. under the guildeline..) 7 試験機関の背景データおよび当該試験での陰性対照(溶媒対照)の値に基づき、(±)の結果を統計学的に(+)と判定しても、あまり意味がないと思われる。それは、結果を定量的に評価するためには、明らかに(+)である物質を選別することの方がより重要であるからである。(Statistic evaluation on the results is not always requied for the in vitro tests..)
げっ歯類を用いる小核試験 (Micronucleus Test in Rodents)
I 試験施設 (Facility) 1 GLP基準に基づく動物飼育施設で試験を実施する。 (Animal rooms controlled under the GLP) 2 同じ動物種であれば、棚によって、被験物質が異なっていても構わない。(Mice separated from rats)
II 動物種および被験物質の投与 (Treatment with the test substance) 1 マウスが一般的であるが、ラットでもよい。性差が特に問題とならない被験物質の場合は、雄のみでもよい。(At least 5 animals per dose; only males or both) 2 骨髄でも、末梢血でもよい。(Erythrocytes from the bone marrow or peripheral blood) 3 1回投与の場合は、処理後2回(例えば、2日間)採集した方がよいが、2回投与(24時間毎)した場合は、1回の採集でよいであろう。 (Once or twice injections) 4 医薬品、食品添加物、農薬などの場合は経口強制投与、一般化学物質の場合は腹腔内投与が一般的である。 (An appropriate route of injection) 5 溶媒としてコーンオイルあるいはオリブ油を用いる場合は、良質のものを選択する。溶媒(媒体)の選択理由を明記する。(An appropriate solvent)
III 小核の観察 (Observation of micronucleus) 1 ギムサ染色よりもアクリジンオレンジ(AO)染色を適用すると判定が容易である。特にラットの場合はギムサ染色は不適当である。( Acridine orange rather than Giemsa staining) 2 極端に小さい微小核あるいは主核の1/2以上の大型の小核は対象外とする。(Size of micronucleus) 3 結果が陰性の場合には、被験物質が骨髄に達していない可能性も考えられる。この場合には血中の濃度分布のデータが要求される。(諸外国では、肝臓を用いる不定期DNA合成試験(UDS)が要求される場合が多い。)
IV 結果の判定 (Final evaluation on the results) 1 幼若赤血球(PCE)の出現率(PCE/NCE 比)が低下した場合には、被験物質が骨髄に到達し、毒性を示した間接的な証拠となる。 (The ratio between PCE and NCE) 2 結果の評価には、適切な統計学的解析を加える。(An appropriate statistic analysis) 3 結果が陰性の場合には、被験物質が骨髄に達していない可能性も考えられる。この場合には血中の濃度分布のデータが要求される。(諸外国では、肝臓を用いる不定期DNA合成試験(UDS)が要求される場合が多い。)(When negative, amount of the test agent reached to the target organ should be discussed.)
V 報告書の作成 (Preparation the final report) 1 各群の個別のデータおよび要約を表示する。(Both individual and summary data) 2 濃度設定理由、溶媒選択理由、試験責任者のコメントを記入する。(Comments by the author) 3 可能であれば、他の変異原性試験の結果を参考として引用する。(Other mutagenicity data, if any) 4 化審法の申請は、CDで送付できるようになった。
【注意】以上の試験操作に関しては、試験法ガイドライン解説書を参考のこと。