試験結果の評価(例) (Data Evaluation)
  変異原性試験の結果を単に、陽性/陰性、と定性的に評価することが多い。しかし、実際に本データベースを見ても分かるように、同じ陽性と言っても、その活性値にはかなりの隔たりがある。我々の趣好品、例えば、コーヒーなどの変異原性と、古くなった穀類に発生するカビ毒、アフラトキシンとでは、変異原性の強さは100万倍近く違っている。変異原性試験は、丁度、がんの検診に似ている。疑わしい物質を選別することは出来るが、陽性だからと言ってその物質の全てに発がん性があるとは言えない。これらについては、更に精密な検査が必要である。従って、変異原性の有無で発がん性を比較するすれば、当然、「偽陽性」の比率が高くなる(。下記コメントを参照)。
 化合物の種類によって、エームス試験(Ames test)で陽性でも、培養細胞を用いる染色体異常試験(CA))で陰性となる場合、またその逆の場合もある。両者が共に強陽性の場合には、生体内における試験、例えばマウスを用いる小核試験(MNv)などで陽性となる可能性は高くなる。これらの3つの試験結果を定性的に比較すると、以下の組み合わせが予測される。
Ames test  CA test MNv test  Note
- - - non-mutagen *1)
- + - in vitro clastogen *2)
+ - - in vitro mutagen *3)
- + + calstogen  *4)
+ - + mutagen  *5)
- - + mutagen  *6)
+ + - in vitro mutagen *7)
+ + + genotoxic mutagen *8)
   (注) 特に被験物質が医薬品、食品に関連する場合
  *1) 変異原性も発がん性も無いと考えられるが、ホルモンなどのように、発がん性を助長する物質(promoters) が含まれている     可能性は否定できない。細胞増殖を促進するような物質は避けた方がよい。
  *2) 陽性結果を定量的に評価する必要がある。また、生体内で解毒される可能性もあり、安全性は比較的高いと判断される。
  *3) *2と同様
  *4) 染色体異常を誘発する可能性がある。数的な異常はないかを検討する。生殖細胞に対する影響も考慮する。
  *5) 極めて稀である。トランスジェニック動物を用いる試験など、別の試験を追加する。
  *6) 生体内で活性化される可能性がある。in vivo不定期DNA合成試験などを追加する。
  *7) 変異原性はあるが、生体内で解毒される可能性がある。in vivo不定期DNA合成試験などを追加する。
   *8) 発がん性、遺伝毒性が強く疑われる。がんの化学療法剤など、治療を優先する場合以外は避けた方がよい。
   Differences in mutagenic activities have been known thousands times among different chemicals. For example, some kind of a food additive, caramel was positive at 5.0 mg/ml, while an industrial carcinogen, 1,8-dinitropyrene was positive at 0.00002 mg/ml in the chromosome test in vitro (Sofuni T. (Ed.) Data Book of Chromosomal Aberration test in vitro, 1998). However, the caramel may not be carcinogenic to human. This suggests that test results, whatever the genetic end-point, should not be evaluated only qualitatively, as positive or negative to avoid any false positives in the term of specificity or predictivity measure for their carcinogenicity. (Kirkland D.J., et al., Mutation Res., 588, 88-105, 2006)
   When positive results were obtained in mutagenicity tests, following items should be considered.

評価項目(例)(Items to be considered)

化合物の構造から見て、既存の発がん物質と似ている場合(構造相関) Chemical structures could be related to those of well-known carcinogens.
特定な単独の試験系であっても、極めて低い濃度で高い変異原性を示した場合(変異原活性) Mutagenic potency is very high at low dose levels in a particular test system.
遺伝学的指標の異なる数種の試験系で共に陽性となった場合(総合的評価) Positive results are obtained in the systems with different genetic end-points.
代謝活性化によって、より強い変異活性が現われた場合
(肝臓における活性化)
Mutagenic potency is enhanced by the systems with metabolic activation.
試験管内(in vitro)試験のみならず生体内(in vivo)試験でも陽性となった場合 Positive results are obtained both in vitro and in vivo test systems.
エームス試験のいずれかのの菌株で、誘発復帰変異コロニー数が1000個/mg 以上誘発された場合 (Spa=103<)
但し、本データベースでは、ガス状の場合、Spaに対して最低有効濃度を%で表示。
The number of induced revertants is more than 103/ mg in the Ames test.
培養細胞を用いる染色体異常試験で、中期細胞分裂像の20%に異常が誘発される最低濃度(D20値)が 0.1 mg/ml 以下を示した場合場合 (D20: <0.1 mg/ml) The minimum D20 value is less than 0.1 mg/ml in the chromosomal aberration test in vitro,
培養細胞を用いる染色体異常試験で、交換型(Exchange type)の構造異常異出現率(TR)が高頻度に検出される場合(TR値: >100) Exchange-type of aberration is more prominently observed in the chromosomal aberration test in vitro (TR value= 100<)
骨髄以外の臓器を用いる試験 (例えば、肝臓を用いるUDS試験、生殖細細試験など)で陽性となった場合 Any positive results are found in in vivo systems (e.g. liver assays etc).
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変異原性はなくても細胞増殖促進作用が認められた場合
(発がん性プロモーターである可能性もある)
Substances stimulating cell proliferation may not be mutagen but may be one of carcinogenic
promoters.

発がん性と変異原性に閾値はあるのか?(参考)
 変異原性試験でも、発がん性試験でも、用量を下げれば必ず作用は消える。しかし、変異原性には、果して閾値があるのか。これは化学物質の性質や作用機序によって異なる筈である。欧州アカデミーの提案によれば、変異原性の機序によって、下記の4種類のカテゴリーに分類されている。
(森田ら: Environ. Mutagen Res., 27, 47-56, 2005 から引用)
 Group A: (閾値なし)
 (No threshold, LNT model to apply)
 Inonizing radiation
  Vinyl chloride
  4-Aminobiphenyl
  Diethylnitrosamine
  Acetaminofluorene
  Aflatoxin B1
  NNK
 Group B: (恐らく閾値なし)
 (LNT as default assumption)
 Acrylonitrile
  Acrylamide
  Arsenic
  Chromium (VI)
 Group C: (事実上の閾値あり)
 (Practical threshold)
 Formaldehyde
  Vinyl acetate
  Trichloroethylene
  Phenol
  Reactive oxygen species inducers
 Group D: (完全に閾値あり)
  (Perfect threshold)
 TCDD and other tumor promoters
  Spindle poisons
  Topoisomerase II inhibitors
  Hormones
  Reactive oxygen species inducers
                (Bolt et al., Toxcol. Lett., 151, 29-41, 2004) 参照

試験結果の評価に関するのコメント

変異原性試験と発がん性試験との違い

 変異原性試験は、感受性の高い生物材料を用いて、極めて短期に勝負する簡便な試験である。一方、発がん性は長期間で、種々の因子が加わって、動物やヒトにがんを発生させる現象である。この両者を同じ土俵で評価することは極めて危険と思われる。大部分の発がん性物質に変異原性があるとは言っても、逆に、発がん性があるとは限らない。以前に厚生省で行われた発がん実験によれば、変異原性がある物質の約25%に発がん性が認められている(中曽根がん10ヵ年計画による特別研究班)。
In vitro 系試験の擬陽性結果について

 最近の学会で、「擬陽性(false positives)」が問題とされている。確かに、陽性結果が多いと、新しい化合物の開発に支障を来たす場合もあろう。しかし、変異原性試験は、発がん性物質を見落とす危険性、すなわち、「疑陰性(false negatives)」をなくすために開発されたものである。そのため、出来る限り感受性の高い材料が選択されてきた。例えば、エームス試験でも、発がん性を持つものが、陰性とならないように、感受性の高い菌株が加えられている。
 
 試験法ガイドラインで。使用濃度を下げれば、陽性率は低下するが、このことによって、発がん性のあるものを見逃してしまえば、試験の意味も無くなってしまう。 
 次に、in vitro試験系によって、被験物質の変異原性の強さをを比較することが必要であろうる。例えば、魚のこげには強力な変異原性が認められるが、我々はそれを毎日食べている。問題はその摂取量にある。変異原性の有無という定性的な評価よりも、どの程度の用量で陽性となるかという定量的な評価がより重要と思われる。諸外国では、あまり定量的な評価がなされていない。恐らく試験法プロトコールの内容が試験機関で必ずしも統一されていない理由によるものと考えられる。


 更に、平成23年11月に、医薬品に関する ICH−ガイドラインが発表された。特に培養細胞を用いる変異原性試験については、試験項目が選択できること、および、最高用量の訂正も行われている。いずれにせよ、試験結果を定性的に判定しようとする傾向は免れない。

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Abbreviation  省略記号 
Mutagenicity (変異原性
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